毎年のように注目の若手が出現する、昨今の卓球界。彼らは近年になって定着し始めたYGサーブやチキータなどをいとも簡単に使いこなし、新風を巻き起こし続けています。
こういう技術を身につけるための繊細な感覚というのは、子供の頃から鍛えておく方がいいですね。これはどの競技でも同じですが。大人になってからでは時間的な制約もあり、なかなか身につかない。オッサンの私としてはつくづくそう感じます。
そんな彼らによってもたらされたのが「高速卓球」のトレンドです。できるだけ前陣でプレーすることで、相手に次の打球を打つ準備の時間を与えない。お互いがそれをやり始めると、もうあとは反応速度がより優れた方が主導権を握るのではないか、っていう。ひょっとしたらこの「反応速度勝負」というのが卓球という競技のひとつの到達点なのかもしれません。
前置きが長いですが、今回はそんなトレンドの中で定着しつつある打法、パンチカウンターについて見ていきます。世間では伊藤美誠選手の「みまパンチ」、張本智和選手の「ハリパンチ」として浸透しつつある技術です。
パンチカウンターについて
パンチカウンターとは?
相手の攻撃的な打球に対して、台に近い位置からコンパクトなフラット打ちで返球する技術。打球のタイミングが早く、球の回転を殺すような振り方が特徴的。
パンチというとげんこつになってしまいますが、どちらかというと「ビンタで引っぱたく」イメージではないかと私は思っています。ただ、ビンタカウンターではネーミングセンス的に最悪(ビンタした回数を数える機械みたい)です。また、後述するカウンタースマッシュやカウンタードライブに合わせてカウンターパンチとしてしまうと、なんか別の競技っぽい。
なので、パンチカウンターというのは妥当なネーミングではないかと思います。個人的には。
従来のカウンター攻撃との違い
これまでの卓球において、主なカウンター技術といえばカウンタースマッシュやカウンタードライブでした。擦るか叩くかの違いはありますが、いずれの技術も「相手に甘い球を打たせて、それを狙っていく」というものです。言い換えると、カウンターの前段には相手に甘い球を打たせるためのプレー(鋭いツッツキなど)があり、いわば準備期間のようなものがあります(それを意識するかしないかは別として)。
これに対し、パンチカウンターは狙って打つこともできますが、とっさの判断で打つこともできるという点が最大の違いではないでしょうか。張本選手も「苦しい時、不利な時に出る」と言っており、劣勢な状況を打開するための一打として使われていることが伺えます。
テイクバックをほとんどとらずに押し込むように打球していることから、準備ができていない状態でも打てるということが分かります。相手からすると「普通ならテイクバックして打つだろう」と思っていた矢先に突然ドーンと来るので予測がしにくく、状況の打開どころか一発で形勢逆転を狙える技術でもあると思います。
カウンタースマッシュ、カウンタードライブ → 甘い球を狙っていく
パンチカウンター → とっさに出すこともできる
パンチカウンターが注目される理由
なぜこの打法が近年になって注目されるようになったかといえば、理由はきっといろいろあるのだと思います。
例えば用具の面でいえば、昔は直径が38mmのセルロイドボールを使用していたのが現在では直径40mmのプラスチックボールに変わり、その分、球の回転やスピードが落ちて前陣で対処するための新しい手段を考える余地が生まれた、という要素はあるかもしれません。
また、この打法が「裏ソフトラバーでのラリーは回転をかけながら攻めていく」という今までの常識を覆すような打法であることも一因であると思います。今の若者は高速卓球への変遷の中で、それに適応するための新しい技術を従来の常識にとらわれずに編み出していると感じます。
今までは、みまパンチやハリパンチのような技は
「それだと打球が安定しないから、しっかり回転をかけましょう」
「それだと急ぎすぎてるから、ワンテンポ待ってしっかり体勢を整えて強打していきましょう」
というような「常識」に跳ね返されて埋もれてしまっていたと思うのですが、トッププロが高い確率で決めてみせることで、その常識を打ち破ったと言えるでしょう。
まとめると、パンチカウンターが注目されているのは以下の2点が理由かなあ、と私は勝手に考えています。
- 実利的観点:高速卓球を制する上で理に適った技術だから
- 歴史的観点:それが今までにない(非常識な)打ち方だから
パンチカウンターの物理学
長い前置きはともかくとして、ここからはパンチカウンターの物理的な特徴を見ていきたいと思います。
従来のカウンター打法のおさらい
まずは一般的に広く知られているカウンタードライブとカウンタースマッシュについて図解します。
【B】カウンタースマッシュ
カウンタードライブは面の向きとスイング方向が平行に近く、球の上側を擦るように打ちます。
一方、カウンタースマッシュは面の向きとスイング方向が垂直に近く、フラットに叩く力を重視します。
どちらにも共通しているのは、
- バウンド後から頂点までの間で打球するところ
- 打球に前進性のスピンがかかるところ
です。
パンチカウンターの場合
一方、パンチカウンターの場合は、カウンタースマッシュと同じくラケット面はあまり被せないのですが、スイング方向がやや異なり、上から下へ振り下ろす要素が加わります。
このスイング方向にすることで何が変わるかというと、打球に与える回転の質が変わります。
それぞれの打法で、インパクトの瞬間にラケットにかかる力(摩擦力)の違いを見てみましょう(下図【A2, B2, C2】)。
※なお、ここではスイングスピード(青色の矢印)と球の速さ(黄色の矢印)をまとめて相対速度ベクトル(赤色の矢印)で表しています。相対速度の考え方については、以下の記事をご参照ください。
参考:球の反発方向の決まり方
【B1~B2】カウンタースマッシュ
【C1~C2】パンチカウンター
【A2, B2, C2】を比較してみると、【C2】(パンチカウンター時のインパクト)だけ速度成分と回転成分の摩擦力が逆方向を向いていることが分かります。
これは、カウンタードライブやカウンタースマッシュと異なり、パンチカウンターには積極的な前進回転がかからないことを意味します。
※このあたりの「ラケット表面における摩擦力に関する話」は、以下の記事をご参照ください。回転する球のラケット面への進入方向と、方向による跳ね返り方、回転のかかり方の違いについて説明しています。
球のドライブ回転に対してドライブをかけ返すわけでもなく、カットで切るわけでもなく、回転量そのものを抑えるイメージです。これによって、よりナックルに近い球質の球が返ります。
これまでの常識では、裏ソフトラバーを使う人がラリー中にナックル性の球を打つということがほとんどありませんでした。それが高速のラリー中に突然来るので、相手としては対応できずに球を落としてしまう/ネットにかけてしまうわけです。
まとめ
かつて私の知り合いにも「みまパンチ」「ハリパンチ」に似たような球質のスマッシュを打つ人がいました(まだ張本選手が生まれる前の時代です)。しかしそのプレイスタイルや技術は「変態卓球」「変態スマッシュ」と揶揄されていたのを思い出します。しかし、今それがひとつの技術として確立されつつあることに、ちょっとした感慨のようなものを感じます。
皆さんの部活・サークルにも、なんか返しにくい球を打つ人っていませんか?「あの人はヘンな球を打つ」で片づけるのは簡単ですが、それはひょっとしたらもったいないことかもしれません。逆にその打ち方を研究してみることで、「相手がやりづらい卓球」を取り入れることができるかもしれませんよ!