卓球では様々な打ち方・回転のかけ方があり、それに応じて身体の使い方もまた様々です。
体重移動を利用しつつ、フラットで打つ場合は肩を軸に大きく振る傾向があり、スピンをかける場合は肩から肘、時には手首へと支点を連動させながらコンパクトな振りで威力を出していきます。
卓球独特の事情として、台上では身体全体を使った打ち方ができません。そのため、台上技術では肘から先を支点にした動きも多く見られます。
これらの多彩なショットは、なぜそれぞれの今のような技術として確立されたのか?ここでは打球点までの距離が打球の安定性にどのような影響を与えるのかを考えながら、それぞれの技術の本質にアプローチしていきたいと思います。
打球点までの距離が及ぼす影響
ここでは、打球の安定性にかかわる要因を以下の観点から考えていきます。
- スイングの支点から打球点までの距離
- 目線から打球点までの距離
1. 支点から打球点までの距離(その1)
スイングの支点から打球点までの距離が長いほど、打球方向の精度が高い
物理的には、支点と打球点の間隔が広ければ広いほど、打球を思った方向に飛ばすことができます。
以下の図は、打球をとらえる場所に誤差が生じたとき、打球方向が変わってくる様子を描いたものです。
【B】手首を支点にした想定:打球方向のばらつきが大きい
スマッシュを打つときに、理屈で言うなら肩を支点にした上で手首の動きをプラスできればインパクト時の威力をさらに上げられるわけですが、そういう打ち方がメジャーにならないのは手首の動きによって打球方向がブレブレになってしまうからです。
ではなぜ、サーブやチキータのような手首を使った技術が成り立つのか。それは次の見出し以降で説明していきます。
2. 支点から打球点までの距離(その2)
距離が長ければ打球方向の精度が上がるし、回転半径が大きいから威力も上がる。だったらスマッシュに限らず、ドライブのような攻撃系技術でも肩を支点にブンブン振った方がいいのか?
ちょっとだけそう思うかもしれませんが、残念ながらしょせん我々は人間です。肩を支点にブンブン振っても、試合中の打球体勢やメンタルの影響などで、同じところを狙っても毎回少しずつズレてしまうことでしょう。
スイングの支点から打球点までの距離が長いほど、スイングの精度は低い
スマッシュであれば、ラケット面を打球方向に垂直にしてフラットに打つので当たる面積が広く、多少スイングがズレても問題ないです。
しかしドライブ回転をかけようとするとラケット面を寝かせる必要があるので当たる面積が狭くなり、回転を重視するほどわずかなズレが命取りになります。
【C】スマッシュ=当たる面積が広い=多少の誤差は許される
【D】ドライブ=当たる面積が狭い=誤差がシビアになる
そのため、ループドライブのような回転に特化した技術ほど腕を折り畳んでスイングを安定させる必要が出てきます。
3. 目線から打球点までの距離
目線の近くで打球するほど精度が高い
これも人間である以上避けられない運命ですが、目に近いものほど捉えやすいです。
前述の「腕を折り畳む」ことによって目線も打球点に近づくため、スイングの精度だけでなく球を正確にとらえる力も上がるという相乗効果があります。
よって、全般的に回転系の技術は威力を追求したものであっても目線と打球点が近い場合が多いです。
考察
各技術の位置づけ
これまでの話を元に、卓球の主要技術の位置づけを下図にプロットしてみました。
【縦軸】必要なスイングの精度…回転系の技術ほど上にプロットされます
【横軸】目線と球の距離…回転半径を大きくとる技術ほど右にプロットされます
※サーブひとつとってもいろいろな打ち方があるので、必ずしもこの図が正しいとは限りません
右上の赤い領域は、目線から距離を取った上で回転系のショットを打つような領域で、いわばスマッシュのように身体を大きく使いながらループドライブを打つような超人的な身体の使い方を要求される領域です。威力と回転を兼ね備えた一撃が期待できますが、安定感のある打球は期待できません。
また、左下の領域はどちらかと言えば技術的に易しい領域といえます。球が来るところに構えておけばラケットを振らなくても返せるブロック、回転をかける必要もなく押し出すだけの動きのプッシュなどは、初心者でも取っつきやすいです。
つまり、右上にいくほど難しく、左下にいくほど易しい(=実用性が低い)。よって現実的には、左上から右下のラインにかけての領域が、技術として定着しやすい領域になるのかなと思います。
チキータが技術として定着した理由
おそらくチキータのような打ち方が出現する前までは、「相手の打球に対して手首を目一杯使った返球なんて、安定してできるわけがない」という先入観があったのではないでしょうか。
サーブで手首を最大限使っていけるのはあくまでトスが自分の制御下にあるからであって、それを相手の打球に対応させるのは無理があるのではないかと。バックドライブを打つときの手首の使い方ぐらいが限界ではないかと。
その先入観を打ち破ったのがコルベルさんだったわけですね。コルベルさんの思考の過程は分かりませんが、「サーブは(しゃがみ込みサーブなどの特殊なものを除き)手首を目一杯使いつつ、目線と打球点がある程度離れていても安定して出すことができる。であれば、ラリーに対してはその分、目線を近づけることで精度を補ってやれば、ラリーの中でも手首を目一杯使った技術が成り立つのではないか」ということに気づいたのではないでしょうか。
そこで、ラリー中でも比較的対応可能な球の条件として、
- 球足が遅いこと(ショートサーブやストップなど)=台上技術!
- 目線を近づけることができること=バックハンド系!
を両方満たす技術として、チキータが誕生したのではないでしょうか。
チキータは、まさに図の左上の領域を開拓した結果と言えるかもしれません。
まとめ
少し話が広がってしまいましたが、打球の安定感をもたらす要因にはいくつかあるということが理解いただけたのではないかと思います。打球の安定化で苦労している場合は、打球点までの支点の距離、目線の距離を意識してみるといいかもしれません(もちろん、それを支えるフットワークなども重要なのですが)。
比較的新しい技術であるチキータは、球に目線を近づける余地がまだあることに着目し、ラリー中でも手首の力を100%発揮できるような体勢での打球を可能にしました。
新しい技術、新しいプレースタイルの出現により、年々常識が変わる卓球界。卓球の打球技術にはまだまだ開拓の余地が残されているのかもしれません。