前置き
今回は、前々から少し気になっていたテーマ「日本と比べると海外の卓球解説者は解説の質が高い」について書いていきます。
※ここでは、実況も含めて「解説」として書いていきます。
実はこれ、卓球に限りません。私のこれまでの経験では、以下のようなことを感じました。
- アメリカの女子サッカーの解説者(女性)の解説がめちゃくちゃ分析的
- 学会では女性研究者が、自身の研究について主婦の井戸端会議ぐらいの勢いでしゃべり倒す
※もちろん、日本にも優秀な人はいるだろうし、海外にもコミュ障で悩む人もいると思いますが。
そこで、ここでは日本と海外の卓球の解説について、
- どの辺りが違うのか
- なぜ違うのか
について触れた後、具体例として先日の2019年ワールドカップ団体戦・台湾VS韓国の一戦におけるアダム・ボブロウさんの解説の日本語訳を通じて、海外解説者の質の高さを感じていただければと思います。
どの辺りに差があるのか
まず、さっきから出てくる「解説の”質”」とはなんぞや?ということについて、私なりの見解を示してみます。
1.海外の解説は「なぜそうなったか」まで踏み込む
架空の例その1:3球目攻撃
例えば日本の解説だと
「空いたスペースを狙ってストレートに打ち込んでいきました」
と言うところを、海外の解説は
「相手が回り込んでチキータを打つことによって空いたスペースを狙っていきました」
となり、なぜスペースが空いていたのかについてまで解説してくれます。
架空の例その2:サーブミス
ある選手がサーブミスをすると、日本の解説は
「これは、悩んでいるんですよ、頭の中が整理できていないんです」
ぐらいしか情報をくれませんが、海外の解説は
「試合の前半まで通用していたサーブが対応されてしまい、打つ手がまとまっていないかもしれません。(リプレイを見ながら)見てください、これまでとはフォームの異なる、新しいサーブを出そうとしています」
ということまで丁寧に説明してくれます。
2.海外の解説は他国の文化に興味を持っている
後述するアダム・ボブロウさんの解説の中では、
- 林昀儒選手の名前の発音について
- 伊藤美誠選手について
- 日本チームの分析スタッフについて
など、他国の選手や文化に興味を持ちつつ、それらの情報をタオルブレイクやタイムアウトなどのタイミングで紹介してくれます。
それに対し、日本の解説は視聴者層との兼ね合いもあるのかもしれませんが「日本の応援!」という色が強く、海外の選手や文化に興味を持った解説というのは少ない気がします。
どうしてそのような差が出るのか
日本と海外でどうしてこのような差が生まれるのだろう?というのは、おそらく細かく挙げればキリがないので、ここでは私の考えを3つにまとめて、さらっとだけ書きます。
1.歴史的(組織的・教育的)観点
古くからの年功序列の社会で、実力に基づいた論理的な提案はさほど重視されてきませんでした。作れば物が売れたという時代背景、歳を取れば自動昇給の社会システム。この状況で問われるのはなぜなぜ分析のような論理的思考ではなく、がむしゃらに働ける体力や精神力でした。
→論理的思考に慣れていない
2.地理的観点
島国の閉鎖性ゆえに、外国人に対する免疫ができていません(それが今、結構社会問題化してきています)。古くから移民の衝突や文化の融合などを経験してきた欧米諸国と異なり、他国家や他文化について考える機会が少なかったといえます。
→他人種・他文化に思いを馳せることに慣れていない
3.文化的観点
いわゆる忖度であったり、「言わなくても分かるでしょ」のような考え方です。日本の卓球の技術レベルは非常に高く、中国に次いで世界を牽引するほどです。にもかかわらず解説で差を感じてしまうのは、その辺もあるのかなと思います。外国人は言語化能力が非常に高いです。
→言語化することに慣れていない
もちろんこれらは大局的な話で、個々の例外はいくらでもあると思いますが、「そのような文化でそのような人が育つ」という流れは変えられなかった、と感じます。
海外の解説者に学ぶ
アダム・ボブロウさんについて
さて、ここからは実際に海外の卓球解説者に目を向けていきたいと思います。
ここでご紹介するアダム・ボブロウさんは、日本の卓球界では結構有名で、丹羽孝希選手のスーパープレイに「What!? コーキ・ニーワー!」と興奮する姿などが愛着を持って親しまれています。
しかし彼は単なる興奮系の解説者ではなく、むしろ普段はかなり分析的な情報を提供してくれています。さらに分析的な解説だけでなく、本人の嗜好や体験ベースのウィットに富んだ解説まで盛り込まれています。
今回はその一端をご紹介すべく、2019年ワールドカップ団体戦・林昀儒(台湾)VSチャンウジン(韓国)の解説を題材として、ポイントをピックアップして和訳してみました。
解説の翻訳
ワールドカップ団体戦2019|男子準決勝 台湾 – 韓国 第2試合 林昀儒vsチャンウジン
0:00~
(略)そして私はこう言いました「オハヨウGood Morningマス」。日本語と英語のハイブリッドです。
0:42~
おや、沈黙の暗殺者(サイレント・アサッシン=林昀儒)なのに、なんかつぶやきましたか?
3:10~ 林昀儒の3球目チキータを受けて、チキータの解説
チキータはラケットの先端で打球することによって球の回転量が増すというのが、スローモーションを見ることでよく分かると思います。
ラケットの先端で打球するのには理由があって、先端はラケット全体の中でいちばん長い距離を移動する部分であり、つまりよりスイングにスピードが生まれる部分だからです。
これはサーブを打つときにも使える考え方です。全く同じフォームから異なるスピンのサーブを出したいときに、ラケットのグリップ付近の部分で打つことで打球のスピンを抑えられ、先端で打つことでスピンを増幅できます。
6:34~
チャンウジンがラケットをチェックしています。世界各国を飛び回る中で異なる湿度に対応していかなければなりません。多湿な地域での卓球はイライラすることもあります。
6:55~ ラリーの解説
この一連のラリーの中で、私は林昀儒がいつストレート方向、チャンウジンのフォア側を狙うのか見守っていました。しかし彼は世界ランク10位であり、私よりも状況をクレバーに理解して予測しているはずなので、今の最後のショットが入っていればチャンウジンが苦境に立たされることが分かっていたのでしょう(だからクロスを狙い続けました)。
9:16~ 第二ゲーム冒頭のお互いのレシーブ(林昀儒の回り込みチキータ、チャンウジンの回り込みフォアハンド)を受けて
ここまでの両者のレシーブは若者を中心に取り入れられている、非常に現代的な卓球です。速いラリー、早い判断、そして台の大半を空けてしまうことを恐れない積極的な回り込んでのショット。試合の中で、よりフィジカルな要素が求められるようになってきています。
回り込みフォアハンド:step-around forehand
19:28~ チャンウジンがサービスエースを獲った場面
左利きの選手と対戦するときによく用いられる、バック側への速い、長いサーブです。特に台上でのバックハンドが極めて危険な相手には有効です。台上へ侵入するのが好きな(=チキータが得意な)林昀儒も例外ではありません。
20:05~ タオルブレイクで林昀儒の発音についての説明
林昀儒。彼の名前は普段、ローマ字では書かれません。中国的な発音では「リン(LIN)・ゥイン(Yun)・ゥルー(Ju)」という感じです。台湾では”j”が”r”のように発音されるようです。なので、もし彼に会うことがあれば、そのことを踏まえて(名前を)発音してあげれば、彼はきっと喜ぶでしょう。
21:10~林昀儒のチキータが決まる
ここはチャンウジン、今までバックへのロングサーブを何回か見せてきたということで、林昀儒の裏をかくという狙いから真逆(フォア前)を攻めてきました(が、チキータされました)。
私であれば、林昀儒がバックロングに対して質の高い答えにたどり着くまでは、バックロングに固執します。
21:30~ チャンウジンのバックロングをレシーブできない林昀儒
賢い判断です、チャンウジン。今、私が言ったのと同じアイデア(バックロングサーブ)で点を取りました。
21:56~ 台から下がったチャンウジンに対し、林昀儒がシュート性のスマッシュを決める
(チャンウジンの)フォア側へ目一杯のコースに、サイドスピンを付けて決めていきました。
俊敏なフットワークを生かし、後陣からのラリーで長期戦に持ち込むのが得意なチャンウジンですが、(林昀儒の)この精度、ご覧ください。サイドラインすれすれ、しかもサイドスピンによってこれだけ曲げていきました。
23:56~ 台湾タイムアウト
私は賢いタイムアウトだと思います。ただこのタイムアウトがシンプルに興味深いのは、得点した後のタイムアウトだということです。こういうタイミングというのは珍しい。
一般的には、デュースに突入していてゲームポイントを握っている状態で失点してしまったときなどに取るのですが、このセットの林昀儒は10-8でのレシーブの時からレシーブに問題を抱えていました(そして次はそのレシーブです。だから賢いタイムアウトだと思いました)。
そうするとここは何が正解でしょう?バックで待つ意識を少し強くする?ここまでフォア前に対するチキータレシーブは大変効果的ですが、この終盤はチャンウジンのバック側へのサーブが多く、林昀儒もうまく対応できていません。
一方、チャンウジンとしてはバック側へのサーブを多用してきたため、意表を突いてフォア側へ出す可能性もあります。ここは林昀儒のフットワークが試されます。見てみましょう。
25:20~ 林昀儒がチャンウジンのフォアハンドを返せない
(チャンウジンが)凌ぎました!林昀儒はチャンウジンのバックロングサーブを危険な(しかし彼にとってはクロス=安全な)フォア側へ返すしかありませんでした。チャンウジンはこのサーブで直近の4本中、3本ぐらい取っているでしょうか?
27:25~ チャンウジンのポイント
チャンウジンの守備的なレシーブ(チキータではなくストップ)が林昀儒の長いツッツキを誘いました。短いレシーブへの対応が少し遅れました林昀儒。そしてチャンウジンのゲームポイントです。
29:45~ 第4ゲーム、チャンウジンが2点を先制
2本とも回り込んでのフォアハンドで取りました。YGサーブに対する返球が少し長くなっています。林昀儒のレシーブゲームを制することができれば、半分は戦いを制したと言えます。チャンウジンはそのためのいくつかの答え(フォア前へのYGサーブ&バックロングサーブ)を得たと言えるでしょう。
YGサーブ:reverse pendulum serve
横上回転:side & topspin
30:30~ その後、さらに2点を追加
(中略)対照的に、チャンウジンはレシーブを2本とも短くコントロールできています。
32:03~
氷のようにクールな林昀儒と、燃え盛る炎のように熱いチャンウジン。ここにきて、この対比がはっきりしてきています。
32:45~ タイムアウト中の解説
私はFacebookやInstagramやYouTubeで選手に関する質問をたくさんいただきます。特に最近の若いプレイヤーには、回転を抑制するように返球する場合が多い。この話を持ち出したのは、先程の林昀儒の最後の打球が、まさに回転を抑えた打球だったからです(だからチャンウジンがネットに引っかけました)。
チェンジ・オブ・ペースは有効な手段のひとつです。相手を驚かせるような要素はできるだけ長く継続できるほど有利です。そのような策が多いほど、それに備える時間がないからです。しかし、それらは適切なタイミングで繰り出す必要があります。特にこのレベルになると完璧に近い判断力が必要です。(チェンジ・オブ・ペースで)球の速度を落とすということは、場合によっては攻撃の機会を逸するということにもなり得るからです。例えば、自分が台から離れた状態で遅い球を打ったとしても効果的ではないでしょう。
女子選手の伊藤美誠はチェンジ・オブ・ペースの達人です。昨晩、彼女の代理人、というかマネージャーかな?に会いました(笑)。特にここ日本では、ミマちゃんはめちゃくちゃ有名です。
(→つまり、球の回転の抑制が相手を驚かせるひとつの手段になるという主旨)
34:28~ チャンウジンの3球目攻撃
(バック側への)長いツッツキをストレート方向へ。林昀儒がフォア側へ踏み込むことでがら空きになったバックサイドを咎めていきますチャンウジン。(スロー映像で)林昀儒が逆方向(フォア側)への3球目攻撃を予測していたことが分かります。
35:43~ ラリーで林昀儒にミス
(この林昀儒のミスは)ちょっと意外です。会場の最前列の目線で、横から見てみたいプレイです。私の予想にすぎませんが、最後のチャンウジンの返球が少し浅く、描く弧線に対して林昀儒が少し前のめりになってしまったのではないでしょうか。
36:16~
(↑の続きですが)日本チームが台のサイド方向と前後方向の両方にカメラを設置するのは、それだけ相手を正確に分析できるからです。左右への動きは見やすい(入手しやすい?)ですが、前後の動きも同じぐらい重要です(それを把握するにはサイド方向からのカメラが必要です)。