卓球のサービス方法のひとつに、サーブ時のトスを高く投げ上げるサービス(ハイトスサービス)があります。
※私は日頃、「サーブ、サーブ」と言っているので、ここからは「サーブ」でいきたいと思います^^;
相手のタイミングをずらしたり、ちょっと雰囲気を変えたりという目的でも使えますが、技術上のいちばんの目的といえば「球の落下速度を利用してサーブの威力(回転、スピード)を上げること」ではないでしょうか。
実際、このサーブは世界レベルの試合でも結構見かけます。福原愛選手や石川佳純選手も使っていますよね。たまにとんでもない高さまで投げ上げる選手もいます。
そこで気になったのが、どこまで投げ上げることに意味があるのか?言い換えると、落下する球が終端速度に達するのはどのぐらい投げ上げた時か?ということです。今回はこれについて考えていきたいと思います。
終端速度について
一般に、物が落下するときには常に重力がかかり続けるので、物が落下するスピードは徐々に上がっていきます。しかし、実際には空気抵抗があるので、落下スピードは上がり続けることはなく、どこかで一定になります。この、一定になったときの速度が終端速度です。
【B】加速中
【C】等速運動(重力と空気抵抗が釣り合う)
雨粒ははるか上空から落下してきますが、空気の抵抗によりほどほどのスピード(8m/s程度と言われています)でしか落ちてきません。もしも空気の抵抗がなかったら、人類は雨粒に当たっただけで深刻なダメージを負うかもしれません。
卓球の球も、雨粒と同様に空気の抵抗を受けます。では、その終端速度はどのぐらい?
球の空気抵抗の受け方※読み飛ばしOK
空気抵抗の受け方は、落下する物の性質によって変わってきます。ここでは押さえるべき点と、それを卓球の球に当てはめるとどうなるかを考えていきます。
ややこしいのが苦手/嫌いな方は、このセクションは読み飛ばしていただいてもかまいません。
物体の質量による影響
物体の質量をm、重力加速度をgとすると、その物体には下方向にmgの力がかかります。それと逆向きの方向(上方向)に、速度に比例した空気抵抗kv(vは物体の速度、kは定数)が発生するわけですが、物体の質量が小さいほどかかる空気抵抗の最大値も小さくなります。つまり、少しの空気抵抗だけでも2つの力が釣り合い、それ以上のスピードで落下しなくなります。
下の図は卓球の球(左)と鉄球(右)の終端速度における力のかかり方をイメージしたものです。
終端速度では重力と空気抵抗が釣り合っており(mg=kv)、鉄球の方がmが大きいので、その分、鉄球の終端速度vも大きくなります(g, kは一定なので)。
【B】鉄球=重力大きい=空気抵抗大きい
イメージ的に、十分な高さの場所から同じ大きさの鉄球とピンポン玉を同時に落とした場合、鉄球の方が早く落ちることが想像できると思います。これは鉄球の方がより大きな抵抗を受けるまで加速を続けるからです。
以下の表のとおり、テニスボールやゴルフボールと比較してピンポン玉は軽いので、終端速度に達しやすいといえます。
重さm [g] |
直径d [cm] |
比率m/d [g/cm] |
|
テニスボール(硬式) | 58 | 6.5 | 8.92 |
ゴルフボール | 45 | 4.3 | 10.47 |
卓球ボール | 2.7 | 4.0 | 0.68 |
※各ボールの重さと直径は、公式規格の数値(2018年)から適当な値を抜粋しています。重さと直径の比率を比較したときに卓球ボールだけ1桁違うことが伝わればと思います。
物体の大きさによる影響
高校の教科書では、上のように「空気抵抗は速度に比例する」と習いますが、流体力学によると一定の条件下では「速度の2乗に比例した空気抵抗が発生」するそうです。
その条件とは「落下する物体の周りの空気が乱されているかどうか」。それを決めるひとつの要因が「落下する物体の大きさ」で、落下する物体が大きいほど周りの空気の分子と衝突しやすくなり、より大きな抵抗が発生するということです。
【B】物体が大きい=空気と衝突しやすい(乱流)=抵抗が大きい
※空気の粒子は上に進んでいるわけではありませんが、表記上はこの方が分かりやすいので矢印をつけています。
で、実はサイズの小さい雨粒レベルじゃないと層流にならないらしい。大きめの雨粒になると、もう空気の乱れが発生してしまい、乱流扱いになるようです。
つまり、それらよりはるかに大きいボール類を落下させたときには、当然のように空気の乱れが発生していることになります。ボールを落下させたときには、空気抵抗は速度の2乗に比例するということです。
まとめ
まとめると、卓球の球には以下のような性質があります。
- 比較的少ない空気抵抗で終端速度に達する
- 速度の2乗に比例した抵抗を受ける
卓球の球は何秒で終端速度に達する?
大庭らの研究によれば、卓球の球の終端速度は約7.8m/sと計算されています(速度の2乗に比例した抵抗を受けるモデルで計算した場合)。大きめの雨粒とほとんど変わらんですね。
テニスボールやゴルフボール、スーパーボールはいずれも約20~30m/sとなっているので、やはり卓球の球は他のボールとは性質が大きく異なるといえるでしょう。
で、問題はどのぐらいでその速度に達するのかというところですが、これも同じモデルで計算されています。約2.4秒だそうです。この間の落下距離については具体的な値がありませんでしたが、計算するとおよそ14.4mとなります。
つまり、投げ上げた卓球の球が落下時に終端速度に達するためには、ビルの5階近辺まで投げ上げる必要があります(笑)
トップ選手の投げ上げサーブ、球の落下時間は何秒?
さて、ここでは実際に選手が投げ上げた球が何秒かけて落下してくるのかを見ていきたいと思います。
なんと、このコーナーだけは実測であります。といっても、その辺の動画から投げ上げサーブが含まれているものをランダムで選び、古典的にストップウォッチで計測しただけであります。
計測方法
本当は、投げ上げた球が頂点で静止してから球のインパクトまでの時間を測定したかったのですが、ほとんどの動画では投げ上げた球が画面から切れてしまいます。
そのため、ここでは便宜上、投げ上げてから球のインパクトまでの時間を計測し、それを2で割った値を球の落下時間としました。
球の落下時間 = (投げ上げからインパクトまでの時間) ÷ 2
言うまでもありませんが、計測の際は気合を入れてストップウォッチを操作します。
対象選手&出典
ここでは代表選手として3名をピックアップ。
もはや日本では知名度抜群の福原愛選手と石川佳純選手、そして近年男子卓球界で注目されているカルデラノ選手の3名です。
選手名 | 参照した動画 |
福原愛 | 韓国オープン2015女子シングルス決勝(VS伊藤美誠) |
石川佳純 | 世界卓球2009女子シングルス4回戦(VSユ・モンユ) |
ウーゴ・カルデラノ | グランドファイナル2018男子シングルス準決勝(VS張本智和) |
石川佳純選手は昔の方が投げ上げサーブを多用していたということで、昔の動画を参照しています。
計測結果
選手名 | 落下時間 (平均÷2) [s] |
平均 [s] |
偏差 | 最大値 [s] |
福原愛 | 0.70 | 1.39 | 0.059 | 1.50 |
石川佳純 | 0.69 | 1.38 | 0.068 | 1.47 |
ウーゴ・カルデラノ | 0.84 | 1.68 | 0.077 | 1.80 |
※適宜、数値を四捨五入しています
- 福原選手と石川選手のトスの滞空時間は同じような結果に
- カルデラノ選手のトスはさらに長く、落下時間平均0.84sを記録
- いちばん滞空時間の長いトスでも、落下時間は1秒に満たなかった
ずいぶん高くトスを上げているという印象とは裏腹に落下時間は意外と短く、すべて1秒未満に収まる結果となりました。
卓球の球の終端速度到達時間=約2.4秒を考えると、物理学的には
いくらトスを上げても上げすぎということはない
ということが言えそうです。
もしあなたが「ハイトスに自信があるけど、上げすぎるとかえってダサいのでは?」というような理由で躊躇しているのなら、遠慮なく使っていくことをおすすめします。「まだだ!まだ俺のサーブは終端速度に達してねえ!」とか言いながら(いや、言わなくていいけど)。
トップ選手の投げ上げサーブ、球の落下速度とその合理性
とはいえ、実際にトスをより高く上げようとすれば、それだけ球の落下地点がズレる可能性が高くなったり、コースや回転の制御が難しくなったりで、難易度が上がります。そして何より、終端速度に近づけば近づくほど、投げ上げた分の見返りが減っていきます。
ここでは最後に、彼らのトスの高さの合理性について述べたいと思います。
再度、大庭らの研究より引用します。速度の2乗に比例した抵抗を受けるモデルを元に、落下時間tと落下速度vの関係をグラフにしてみました。
↑式はこちら。mは卓球の球の質量、gは重力加速度、c2は定数。
これを見ると、トップ選手の0.7~0.8sの落下時間でも、終端速度の8割程度の落下速度が出ていることが分かります。
さらに、福原選手、石川選手らの投げ上げポイントより滞空時間を延ばしても、稼げる落下速度が徐々に低下してしまうことが分かります。
意識的に調節しているのかどうか分からないのですが、福原選手、石川選手ともに、
最大限効率良く落下速度を稼げるポイントまで投げ上げている
ということになります。
結論
いかがでしたでしょうか。
今回の話をまとめると、
- 卓球の球は他の競技のボールと比べて終端速度に達しやすい
- とはいえ、投げ上げサーブで終端速度を実現するにはビルの5階まで投げ上げる必要あり
- トップ選手は、最大限効率的に落下速度を稼げる高さまで投げ上げている
といった感じになります。
私自身、記事をまとめるまでは思ってもみなかったのですが、トップ選手の投げ上げの高さが非常に合理的で大変驚きました。
自分の投げ上げサーブを考える際の指標にしたり、卓球観戦中にトスの滞空時間を測ったりしてみると面白いかもしれません。
参考資料
大気の抵抗があるときの固体球の落下運動(大庭勝久・舟田敏雄, 沼津工業高等専門学校研究報告, 2017年1月)
自然現象と物理法則のあいだ(鹿児島誠一, 丸善株式会社, 2011年)