卓球をテレビ観戦していると、ときどき以下のような解説を耳にします。
- 「女子は男子と比べてパワーがないので前陣でのラリー合戦になりやすいんですね」
- 「早田選手のように中陣からパワードライブを打てる選手はなかなかいないんですね」
これらは女子はパワー不足だから、台から下がったラリーをしないという考え方です。
また、「卓球王国」のバックナンバーを見ても、以下のような記述があります。
身長が低く、パワーのない選手が攻撃でドライブを打ってもそれは得点にならない。だからこそ、一撃必殺のスマッシュを重視する。
卓球王国 2013年11月版 P.107より抜粋
こちらは身長が低い=パワーがないという考え方に見えます。
しかしこれ、本当にそうでしょうか?
伊藤美誠選手は強烈なスマッシュをバシバシ打ち込みますし、競技は違いますがなでしこジャパンの横山久美選手(身長155cm)の放つミドルシュートは大変強烈です。後者については、逆に長身であれだけのパワーショットを撃てる選手が見当たらないほどです(いるかもしれないけど)。
パワーがないわけではないのです。それではなぜ、女子選手はなかなか台から下がってラリーしないのか。小柄だとパワーがないと言われてしまうのか。今回はそれについて考えてみたいと思います。
後陣からの打球の特徴
ここでは前陣での打ち合いから後陣での引き合いへ移行したときに、物理的に何が起こるのかを解説したいと思います。
1. 後陣からのドライブ打球の軌道
まず、前陣と後陣のラリーにおける軌道の違いを見ていきます。
【B】後陣におけるドライブの軌道
一般的に、後陣に下がるほど打球の軌道の頂点の位置も台から遠ざかっていきます。そして頂点の位置が台から遠ざかるということは、打球がネットを越えるためにより高い軌道を描く必要があるということです(軌道を低く抑えるためには、球速を上げるなどの異なるアプローチが必要です)。高い軌道を描いた球は、その分バウンドも高くなります。
2. 後陣からのスマッシュ
続いて、前陣と後陣のラリー中、同じ高さの球をフラット打ち(スマッシュ)したときの発射角度の許容範囲の違いを見ていきます。下図は、フラット打ちの打球の軌道が直線になると仮定しています。
【B】後陣におけるスマッシュの角度許容範囲
これは誰でも想像がつくと思いますが、同じ高さの球に対しては遠くから打った球の方が相手コートに入れにくくなります。
3. まとめ
まとめると、以下のようになります。
- 後陣におけるドライブラリーでは球の軌道の頂点が高くなる(よってバウンドも高くなる)
- 後陣からのスマッシュは難易度が上がる
これらのことから、後陣におけるラリー(引き合い)では比較的バウンドの高い球に対してドライブで返す力が求められます。
ドライブ打法の最適領域の問題
ここで、ドライブ打法の最適領域の問題を考えます。以下の記事では、ドライブを打つのに適した領域は大体腰~肩付近までの間であることを解説しています。
しかしながら、当然この範囲はその人の身長によって変わってきます。身長が低いと、ドライブが打てる領域の最大高さも低くなってしまうので、前述の「比較的バウンドの高い球に対してドライブで返す力」という点でどうしても不利になってしまいます。
【B】身長が高い人のドライブ領域
よって、身長が低い選手は台に張りついたプレーの方が理に適っているわけです。多くの女子選手が中陣・後陣からのドライブを主戦型としないのは、パワー云々よりもこっちの方がより大きな原因であると私は考えています。
まとめ
ということで、当サイトの見解としては、「女子は男子ほどパワーがないから前陣速攻型が多い」のではなく、「女子は男子ほど身長が高くない(場合が多い)から前陣速攻型が多い」というものです。丁寧選手や早田ひな選手が中陣・後陣からでもプレーできるのは、パワーがあるのはもちろん、身長が高いからという理由も大きいでしょう。
実際に私の知り合いでも、身長150cm前半でごついドライブ打ってくる人、います。しかしそんな彼女も台から下がるような戦型ではなく、バリバリの前陣速攻型です。それはやっぱり、後ろに下がると身長の制約が出てくるからなのだと思います。
もしかしたら解説者はそれを理解した上で、あえてテレビの視聴者に分かりやすいようにそのような説明を省いているのかもしれません。「女子は男子よりも身長が低いからドライブ合戦にならない」というと分かりにくいし、何となく差別的な感じもします。それよりは「女子は男子よりもパワーがないからドライブ合戦にならない」という方が分かりやすく、悪い印象も少ないと考えられます(それでも、一部の人には「女子と男子を比べること自体が差別」と怒られそうですが…)。
しかし、厳密に言えば身長の問題がより大きいのではないかと感じたので、今回記事にしてみました。参考になれば幸いです。