伊藤の打球はオーバーです。第二ゲームでこのシーンをどれだけ見たでしょうか。朱雨玲がここで何をやっているか。エンドライン付近に回転の強い球です。必殺ショットではありません。ラリーに持ち込むための、安全な打球です。
これは2019年10月に行われたオーストリアオープンの女子シングルス決勝・伊藤美誠vs朱雨玲における解説の抜粋です。
最終的に優勝したのは伊藤美誠選手でしたが、この試合、朱雨玲選手は徹底して深く回転のかかった球を送り続けていました。それが伊藤美誠選手のような表ソフトラバーを使用する前陣速攻の選手には効果的だからです。
※以下は球が浅い、深いの図です。
【A】球が浅い
【B】球が深い
球が深いと何がいいのかといえば、相手を下げさせることができます。相手を下げさせることができれば、その分、次の返球までの時間が延びるので、より準備した状態で球を迎えることができるし、単純に下げさせた距離の分だけ攻撃力も下がります。
なぜ相手を下げさせることができるかというと、相手からすると攻撃的な打球を安定して打つには、バウンド後の頂点をとらえるのが最も効果的だから。
【A】バウンド直後(ライジング)
【B】バウンド後の頂点
【C】頂点通過後
ではなぜ、バウンド後の頂点をとらえるのが最も効果的なのか。ここについて、物理学的な見地から深堀りしてみたいと思います。
今回は前陣速攻からの観点ということで【C】頂点通過後の部分は割愛し、
【A】バウンド直後(以下、ライジング)
【B】バウンド後の頂点(以下、頂点)
この2つを比較しながら考えていきます。
関連記事:卓球における打球点の分類と各技術の相性
頂点をとらえるのが効果的な理由
1.より高い位置の球を打てる
球が高い位置にあれば、それだけ狙える範囲が広がります。
狙える範囲が広がれば、安定性を求めてスピードを落とす必要もなく、回転をかける必要もなく、単純に強打しやすいです。
とりわけ、表ソフトラバーを使うプレイヤーには重要な考え方です。
【A】ライジング = 狙える範囲が狭い
【B】頂点 = 狙える範囲が広い
2.球の情報量が増え、打球が安定する
私たちは相手の打球の球質を見極める際、いろいろな情報を元に考えています。
- 相手の打球フォーム
- 相手の身体能力
- 打球音
- 打球直後からバウンドまでの軌道
これらは、最終的には以下の3つの要素を正確に把握するためのものです。
- 球の速さ
- 球の回転
- 球の進行方向
このうち「球の速さ」については、ライジングでも頂点でも得られる情報量はそんなに変わりませんが、残りの2つ「球の回転」と「球の進行方向」については差が出てきます。
球の回転
「球の回転」は頂点の方が軌道の情報が増える分、球質が判断しやすくなります。
球の進行方向
また、「球の進行方向」については、頂点で打つ場合には進行方向が確定しています。
上図より、頂点における球の進行方向は真左(まひだり)方向と決まっています。
それに対して、ライジングではバウンド直後の球の進行方向が確定しません(正しくは、確定はしているけど読みづらい)。これは球の回転や入射角の違いによってバウンド後の進行方向が変わるからです。
特に相手の打球の回転量に幅がある場合、バウンド直後を強打して飛ばしたい方向へコントロールするのはかなり難しくなります。回転をかけにくい(=打球を安定させにくい)表ソフトラバーであれば、なおさらです。
バウンド直後をとらえる技術にはストップ、ツッツキ、ブロック、粒高のカットブロックなどがありますが、いずれも強打系の技術でないのはこの辺りが関係しています。
まとめると、頂点の方が球質を判断するための情報が増え、進行方向の不確定要素が減るということになります。
【A】ライジング = 球の回転の情報が少なめ、進行方向も不確定
【B】頂点 = 球の回転の情報が増え、進行方向も確定
まとめ
以上のように、
- 狙える範囲が広く
- 球の情報量が増えて打球が安定する
頂点の方が、強打しやすくなります。しかし、深い球に対してそれをやろうとすると、どうしても台から下がらざるを得ません。
よって、特に頂点での打球が重要な表ソフトラバーの相手に対して深い打球が有効になるというわけです。
初級者・中級者の方で、表ソフトラバーのプレイヤーにうまく対応できないという場合は、回転のかかった深い球を意識してみてはいかがでしょうか。ドライブの弧線が多少、高くなったとしても、相手が打ち急いでミスをするなどの効果が感じられるかもしれません。