世はシェークハンド全盛の時代。
かつては半数が使っていたとされる日本式ペンのプレイヤーは今やほとんど見る影もなく、このままだと絶滅危惧種に指定されかねない勢い。
中国式ペンのプレイヤーはちらほら見かけますが、シェークハンドに押されていると言わざるを得ません。それほどまでに、現代卓球はバックハンドが重要な位置を占めることとなりました。
私自身は中国式ペンラケットを使っており、裏面打法も含めて結構気に入っています。ここではまだペンラケットのプレイヤーが生き残っているうちに、ペンとシェークの特性比較をしておきたいと思います。
ペンとシェークの違いについては多くの方がブログ等で取り上げています。ざっくりまとめると以下のような違いがあります。
日本式ペン |
中国式ペン |
シェーク |
・片面ラバーで軽いので威力が出しやすい ・バックハンドが弱点 |
・手首に負担がかかりやすい | ・フォア・バックハンドともに振りやすい ・ミドル(身体付近)の処理がやや難しい |
・サーブに回転をかけやすい ・台上技術がやりやすい |
しかし、当ブログは一応「物理学」というタイトルがついておりますので、より物理的な視点から「ペンとシェークでは何が違うのか」を解説していきたいと思います。
まずは2つのラケットのグリップの違いによりラケット面の向きや角度が変わることについて述べます。そしてそれによって特定の技術にどのような影響が出てくるのかについて解説していきたいと思います。
※以降、いくつか写真を使ってグリップの違いを説明しておりますが、ラケット自体はすべて中国式ペンラケットで撮影しております。悪しからず、ご了承ください。
ペンとシェークの違い
1.ラケットヘッドの向きが変わる
以下の図は、手の甲を上にした状態でそれぞれのグリップを撮影したものです。
【A1】シェークハンドのグリップ
【B1】ペンホルダーのグリップ
個人差はあると思いますが、ペンラケットの方がラケットヘッドが下がっていることが分かります。
一般に、フリックやチキータなどの攻撃的な台上技術ではラケットヘッドの(上方向への)旋回によってスピードや回転を生み出す傾向があるので、もともとラケットヘッドが下がり気味のペンラケットは打球前の姿勢が比較的ラクであると言えます。
ペンの方が台上技術がやりやすいと言われる理由のひとつではないかと思います。
2.ラケット面の向きが変わる
以下の図は、手の甲を真横に向けたときのそれぞれのグリップの写真です。
【A2】シェークハンドのグリップ
【B2】ペンホルダーのグリップ
これも個人差がある上に、特にペンホルダーの場合は指への力の入れ方で面の調節が可能なので一概には言えないのですが、手首の向きが同じでもラケット面の向いている方向がたいぶ変わってくることが分かります。写真だと45度ぐらいですが、【B2】の状態から親指を外すと90度近くまで変わります。
ここで、上の写真の状態から手首を曲げ伸ばししたときに、
- シェークラケットは球をフラットに叩く動きにしかなりませんが、
- ペンラケットは球を擦る動きになる
ことが分かると思います。
よく「ペンラケットの方が手首を利かせることができるので回転をかけやすい」と言われますが、このグリップの違いによるラケット面の向きの違いがその最大の理由です。
↓ここまでの内容をまとめた動画です。
前腕の可動域とラケット面の向き
続いて、上記の「ラケット面の向き」に「前腕の動き」をプラスして考えていきたいと思います。
下図は、ペンとシェークのそれぞれについて、前腕を90度ずつ回転させていったときのラケット面の向きをまとめたものです。
【A】シェークラケット
【B】ペンラケット
【A3,B3】手の甲が下向き(少し窮屈)
【A4,B4】手の甲が左向き(自然体)
【A5,B5】手の甲が上向き(自然体)
【A6,B6】手の甲が右向き(結構窮屈)
中央の4枚の写真が、前腕に無理な負荷がかかっていない状態です。
対して、【A3】【B3】の「手の甲が下向き」のパターンはやや窮屈さを感じます。【A6】【B6】の「手の甲が右向き」のパターンはかなり窮屈です。
↓ここまでの内容をまとめた動画です。
前腕の可動域と各技術の関係
さて、ここでは上述の「前腕の可動域とラケット面の関係」をもとに、いくつかの技術におけるスイングの際に前腕がどの状態になっているかを考察していきます。上の前腕の図を見ながら、実際に腕を動かしてみてください。
フォアハンド比較
最も基本的なフォア系のドライブ、スマッシュなどは、ペン・シェークによらず自然体の範囲内(上記【A4】【A5】【B4】【B5】)で打球することができます。
バックハンド比較
写真の状態が肘を伸ばした状態とするならば、そこから肘を曲げてラケットが胸から腹(身体の正面)あたりにくる場合を考えます。
シェークの場合
シェークのバックハンドであれば前腕は【A3】~【A4】の間の状態になっており、球の上側を擦ってとらえようとするほど【A3】に近づき、窮屈さが増します。台上バックドライブのように球の上側を擦りたい場合は、やや窮屈といえます。
中国式ペンの場合
中国式ペンの裏面打法であれば【B4】を中心とした角度になり、シェークと比べると球の上側をとらえるときの窮屈さが軽減します。
日本式ペンの場合
片面ラバーである日本式ペンのバックハンドだけは他のバックハンド技術と性質が大きく異なり、【B3】の状態から肘を曲げてラケットがお腹のあたりにくるイメージになります。
相手のドライブをブロックする場合などは、そこからラケット面をさらに被せる必要があります。【B3】よりももう1段階先のひねりが必要ということです。つまり、あの有名(?)な「ジョジョ立ち」並に人体の構造を無視した領域に突入するということ。…試練ッ…!
ただ、そんなことやっても腕を痛めるだけなので、実際には上半身を前傾させたり、親指をラケット面から外したりしながらラケット面を被せる工夫をしていきます。
打球時にプラスアルファで工夫が必要ということは、それだけ自由度が下がるということであり、それがフォームの制約や攻撃力の低下などにつながります。日本式ペンはバックハンドが最大の弱点と言われる理由はこの辺にあります。
↓ここまでの内容をまとめた動画です。
フォア前の台上技術比較
ここではフォア前の短い球をストレートにフリックする場合を考えます。
一般に、フリックは自分から回転をかけにいく技術ではないため、ラケット面は相手コートの狙った方向を向いている必要があります。
ペンの場合
【B4】の状態から手首を反らせてストレートを狙ったり、【B3】と【B4】の間の面を作っておいて球を乗せて運ぶように打つ方法などがあります。いずれの方法も、さほど窮屈さは感じません。
シェークの場合
シェークで同じことをやろうとすると、45度ほど窮屈な方向へシフトする必要があります。【A3】の状態まで前腕をひねるにせよ、手首を反らせて対応するにせよ、ストレートフリックの際はペンと比較すると窮屈さを感じてしまうという印象があります。これも台上技術はペンの方が有利と言われる理由のひとつだと思います。
「台上技術(特にフォア前)でペンの方が有利なのは、ペンの方が手首を利かせやすいからだ」という話を耳にすることがありますが、私はこれまでに述べてきた「前腕の窮屈さ」による理由の方が大きいと考えています。というのも、手首の利かせ方には以下の2種類がありますが、ペンでもシェークでもフォアフリック時は基本的に【G】の方を使うからです。ペンで有利に使える【F】の動きは球に回転をかけるための動き(サーブなど)になるので、フリック・ストップ・流しなどの技術で使うことはあまりないと言えます。
【F】手首を手のひら方向に曲げる自由度
【G】手首を横方向に曲げる自由度
逆チキータ比較
最近、流行りの逆チキータですが、ここではシェークと中ペンで比較します。
シェークの場合
シェークの場合は【A5】の状態から、①腕を上げて、②肘を曲げてラケットヘッドを下に向けることで、容易に面を作ることができます。フォーム自体は独特ですが、動きに窮屈さはなく、目線も近いので、慣れてしまえば使いやすい技術かもしれません。
中国式ペンの場合
一方、中ペンの場合は同じ面を作るために【B5】と【B6】の間ぐらいの前腕のひねりが必要です。これが結構窮屈。中ペンでの逆チキータは、ちょっと難易度高いかな、という印象です。やるなら裏面ではなくフォア面で打球する方がラクです。
フォア面での逆チキータは、以下の新井卓将さんの動画で「アニータ」として紹介されています。
まとめ
今回はペンとシェークのグリップの違いによりラケットの向きや角度が変わること、それによって各技術の難易度が変わってくることについて解説いたしました。特に「前腕のひねり具合」という要素が、意外と各技術の難易度に影響してくるのではないか、というのが当サイトの見解です。
現在の主流はペンとシェークの2択となっていますが、このように考えていくとペンとシェークの良いところを総取りしたような全く新しい発想のラケットができないものかなあ、と考えてしまいます。形状にしても、グリップにしても。
卓球王国(2019年3月)で紹介されていた「二脚式ラケット」などは、そのひとつ。ちょっと私も何か考えてみようかな。